第6弾 杣川物語

 「そうだったのか 油日パート2」

 第6弾 杣川物語

  油日小学校校歌の二番の歌詞は杣川のことを歌っています。その中に 「にごりにそまぬ流れこそ」という一節があります。意味は「汚れた環境にあっても、それに影響されず清らかさを保つ杣川の流れこそ私たちが、求める教育の姿である。」といった誓いなのです。

 杣川やその流域のことは古く万葉集にみられます。そもそも「杣」とは神社仏閣の建材となる木材を供給する森林のことを表します。奈良時代において甲賀の森林で伐採された木材は、大津の石山寺や奈良の東大寺建立の時の建材として使われています。どのようにして木材を運んだのでしょうか。

甲南の矢川神社の近くに杣川を渡る矢川橋がありますが、そこを昔は矢川津といって甲賀の山々から伐採された木材が集積され、筏に組み、流す渡し場にしていました。

 杣川→野洲川→琵琶湖→瀬田川→宇治川→

木津川と長い旅を経て奈良に運び込まれたと考えられています。(石山寺の建材は瀬田川で陸揚げ)

 杣川は油日岳山麓(油日の大中津河)を起点にして甲賀町、甲南町、水口町を蛇行しながら流れ、湖南市三雲で野洲川と合流。最終的には琵琶湖に川の水は注がれています。この流域は古琵琶湖層群の粘土層が広がり、地域では昔からこれらの土は「ズリン」「ズニンコ」と呼ばれ、稲作にはとても適した土で、この地域のおいしい米づくりに大いに役立ってきました。

 杣川には多種多彩な植物や動物が繁茂、生息し、出会うことが出来ます。また、堆積したズリンの層が見られる地層もあります。一度、のんびりと川辺を散策してみてはいかがでしょうか。 

 ※油日自治振興会だより31号 一部改訂

(1)杣川の源流(油日岳山麓)

(2)公園として整備されている(油日神社付近)

(3)多種の草木が繁茂する(油日小学校付近)

(4)灌漑用ファブリダム(滝 片山地先)

(5)古琵琶湖層のズリンが露出(滝 中出地先)